ハイレスポンスは、全てに勝る
返事とお礼と挨拶は、何よりも優先する。これが出来る人は、全てにおいて抜かりがなく、人間的にも間違いない。社会人を半世紀以上やってきて思う、小生の私見である。さて今回は、すぐやる事の意義についてである。
[インパクトよりスピード]
相手は一体どんな印象を自分に持ったのだろうか?と考えた時に、大きな声で言語明瞭、かつ懇切丁寧な話し方であればそれ相応のインパクトが与えられ「うん、この人は!」と脳裏に刻まれるかもしれない。
しかし、もしそれが相手からの急ぎの依頼事であったとしよう。忙しい時に困ったな、と返事も曖昧なまま、少し経ってから「すみませんでした。何でしょうか?」と応えたとしたらどうだろう。
おそらく相手の心情は「いやー、仕事ができる人はやっぱり忙しいんだな。悪いので今度から頼むのは控えよう」「あの人なら気持ち良くやってくれると思ったんだけど、何か今日は機嫌が悪いのかな?」「そんなに忙しいわけないのに忙しいフリして、二度と声かけないぞ」(笑)、ざっとこんなところだろう。
自分が生きるか死ぬか、という時以外はこちらの事情に関係なく、すぐに気持ちよく返事を返す。そして内容を聞いてからすぐに、出来るか否かを回答する。すぐに返事を返したことで、相手のこちらへの心情は「やはりこの人に声をかけてよかった。少しくらい時間がかかってもお願いしよう」となるはずである。
つまり、こちらの事情は二の次で、とにかく常に機嫌よく返事をかえす。自分の気分のムラで返事を返したり、返さなかったりなどは論外である。
すぐに返ってくる返事!このレスポンスの良さにより受ける印象は、我々が考えている以上に絶大である。おそらく、人が無意識下に「スピード」に憧憬を抱いている事と、それは無関係ではなさそうである。
[早さこそ、人生の巧者の極意]
人はなぜスピードに憧れるのだろうか?老若男女を問わず、速さへの関心は誰もが持っている。ジェット機に新幹線、F1にモトGP、競輪に競馬も然り。例えば同じ鳥でも、鷹や隼へ抱く関心は、まちがいなく憧憬である。なぜスピードが好きなのか?と問われても、たぶん理由は見い出せないだろう。それは本能だから、というのが正解ではないだろうか。そのスピードとは、勝敗を決めるレースに限らず、人間の言動における速さにも及んでいる。
例えば、溢れ出す言葉を淀みなく、ハイスピードで話し続ける講談師。目にも止まらぬ速い動きで踊り続けるダンサーを羨むのも、もはや人間の本能だと言っていい。
速さは早さであり、早さは速さでもある。何事においても俊敏な人は、好かれて然るべき資格の持主なのである。
[礼は往来を尚ぶ]
礼には施と報、往と来が大切。施しに対しては報い、出向いたら、次は来て頂く、この往来が礼を保つ要締である。よく急いで相談に来る人はいるが、解決しても急いでお礼に来る人は滅多にいない(笑)。
まあ、それくらい自我を中心に生きているのが、人の「さが」なのだろう。だからこそ、返事とお礼と挨拶は何よりも最優先することを自分に課し、習慣化できれば、まちがいなく人生は一変する。
気持ち良く返事が返ってきて、何かあれば礼を尽くし、明るい挨拶を欠かさず、何事にもすぐ動く人を、一体誰が放っておくというのだろう。